【貧困問題】40代独身実家暮らし、忍び寄る“8050問題”の絶望。これは社会崩壊の序曲か

考え込む女性

【貧困問題】40代独身実家暮らし、忍び寄る“8050問題”の絶望。これは社会崩壊の序曲か

午後7時。都心から1時間半揺られて帰宅すると、リビングの食卓には、温められた食事が並んでいる。78歳になる母が、私のために作ってくれた夕食だ。

「おかえりなさい」
「…ただいま」

最小限の会話。テレビの音だけが響く食卓で、黙々と箸を進める。感謝している。申し訳ないとも思う。でも、それと同じくらい、息が詰まりそうな“何か”が、この家には充満している。

私の名前はA子、45歳、独身、非正規の派遣社員。そして、いわゆる「実家暮らし」**だ。

20年以上にわたり、この国の経済と社会の深層を追いかけてきたジャーナリストとして、私は今、この日本で静かに、しかし確実に進行している“家庭内崩壊”の現場に立っています。それは、決してA子さんという一個人の特殊な物語ではありません。2025年の日本で、数十万、数百万世帯が直面している、あまりにも普遍的で、深刻な“病”なのです。

「一人暮らしできないなんて、甘えているだけ」
「親のすねをかじる、子ども部屋おばさん」

ネットのコメント欄に踊る、心ない言葉。でも、本当にそうでしょうか?高騰し続ける首都圏の家賃、20年以上前に社会から突き放された「就職氷河期世代」の呪い、そしてすぐそこに迫る「親の介護」という名の時限爆弾…。

この記事は、そんな“声なき声”を上げる、すべての当事者と、その親たちに贈る社会の声です。なぜ、私たちは実家から出られないのか。その先で、親子を待ち受けるものは何か。そして、この静かなる地獄から抜け出すための、一筋の光はどこにあるのか。日本の家庭が直面する、不都合な真実の扉を、今、開きます。

もくじ

第1章:【娘たちの告白】“優しさ”という名の牢獄から出られない

「実家暮らし」と一括りにされますが、その実態は、世代によって大きく異なります。特に、40代から50代に差し掛かった女性たちが抱える問題は、20代のそれとは比較にならないほど、根深く、複雑です。

“呪い”の始まり。私たち「就職氷河期世代」が奪われたもの

1993年~2004年頃に学校を卒業し、社会に出た世代。それが、私たち「就職氷河期世代(ロストジェネレーション)」です。バブル崩壊後の、企業の採用意欲が極端に冷え込んだ時代。どんなに優秀でも、どんなに努力しても、「正社員」という名の船に乗るための切符は、ほんの一握りにしか与えられませんでした。

不本意ながら派遣や契約社員、アルバイトといった非正規の道を選ばざるを得なかった多くの女性たち。その時、社会が貼った「自己責任」というレッテルは、25年以上経った今も、私たちの自尊心に深い傷として残っています。

一度非正規のレールに乗ってしまうと、正社員への道は険しく、スキルアップの機会も、昇給も、十分なボーナスも、そして手厚い福利厚生もありません。2025年9月現在、女性の非正規雇用率は依然として5割を超えています。この構造的な問題こそが、「実家を出られない」最大の元凶なのです。

「家賃8万円」の壁。非正規・月収22万円のリアルな現実

ここで、A子さん(45歳・派遣社員)のリアルな家計簿を見てみましょう。

月収(手取り)220,000円
実家に入れるお金50,000円
通信費8,000円
保険料15,000円
奨学金返済17,000円
交際費・雑費30,000円
残額(貯金)100,000円

実家暮らしだからこそ、なんとか月10万円の貯金ができています。しかし、もし彼女が一人暮らしを始めたら? 2025年9月現在、東京23区のワンルーム・1Kの平均家賃は、9万円を超えています。A子さんが住みたいと願うエリアでは、安くても8万円は下りません。

家賃8万円を払えば、手元に残るのはわずか2万円。そこから光熱費や食費を捻出すれば、貯金はゼロ、いや、マイナスです。病気になったら? 派遣の契約が更新されなかったら…? その瞬間に、生活は破綻します。

「一人暮らし=自立」という社会の“常識”は、この数字の前では、あまりにも無力で、残酷な理想論に過ぎないのです。

失われていく“自分らしさ”。結婚、出産…諦めた未来

経済的な問題だけではありません。実家暮らしが長引くにつれ、私たちの心は、静かに、しかし確実に蝕まれていきます。

「いつまで、こんな生活を続けるの?」という親からの無言のプレッシャー。
結婚し、家庭を築いていく友人たちへの、焦りと羨望。
恋愛をしようにも、「実家暮らしの非正規」というコンプレックスが邪魔をする。

何より辛いのは、自分の人生のハンドルを、自分で握れていないという感覚。食事の時間も、お風呂の順番も、部屋のインテリアも、すべてが親の家のルールの中。その“優しさ”と“庇護”が、いつしか息苦しい牢獄のように感じられるのです。

第2章:【親たちの本音】“可愛い我が子”が“人生最大のリスク”に変わる時

視点を変えて、親の側からこの問題を見てみましょう。そこには、子を想う深い愛情と、自らの老後が崩壊していくことへの、静かな恐怖が渦巻いています。

「8050問題」から、より深刻な「9060問題」へ

数年前から社会問題化している「8050問題」。これは、「80代の親が、働いていない50代の子どもの生活を、年金で支えている」という構図を指す言葉です。

そして2025年、この問題はさらに深刻化し、「9060問題」へと移行しつつあります。親は90代になり、子どもは60代になる。親の年金だけでは支えきれず、親子共々、社会から孤立し、貧困に陥ってしまう。最悪の場合、親が亡くなった後、社会との繋がりを失った子どもが、誰にも看取られずに孤独死に至る…。そんな悲劇が、日本の至る所で、水面下で進行しているのです。

“愛”か、“共倒れ”か。揺れる親心と、消えていく老後資金

「あの子が、一人で生きていけるとは思えない」
「私が死んだら、この子はどうなるんだろう…」

可愛い我が子を思うからこそ、家から追い出すことなどできない。その親心は、痛いほど理解できます。しかし、その優しさが、結果的に子どもの自立の機会を奪い、親子が共倒れになるリスクを高めているとしたら…?

親世代もまた、決して安泰ではありません。年金制度への不安、上がり続ける医療費と介護費。自分たちの老後のために蓄えてきたはずの貯金が、働かない子どもの食費や国民年金保険料、健康保険料に、静かに消えていく。その現実に、多くの親たちが、誰にも相談できずに歯を食いしばっています。

そして、訪れる「老老介護」という名の地獄

この問題に、さらに追い打ちをかけるのが「介護」です。80代の親が倒れた時、同居している50代の子どもが、その介護を担うことになる。しかし、その子ども自身が、長年の非正規雇用やひきこもりによって心身に不調を抱えていたり、介護の知識も経験もなかったりするケースが少なくありません。

経済的にも、精神的にも、体力的にも追い詰められた結果、介護離職ならぬ「介護虐待」や、介護疲れによる無理心中といった、最悪の事態に発展してしまう。これが、「9060問題」の最も恐ろしい帰結なのです。

第3章:【社会の罪】これは“自己責任”ではない。国が作り出した“時限爆弾”だ

なぜ、こんなにも多くの家庭が、見えない時限爆弾を抱えることになってしまったのか。その根源をたどれば、これは決して個々の家庭の「自己責任」などではなく、この国が20年以上にわたって放置してきた、構造的な政治・経済の失敗であることは明らかです。

  • バブル崩壊後、安易な労働力として非正規雇用を拡大させ、若者のキャリア形成を阻んだ労働政策の失敗
  • 東京一極集中を是正できず、地方の雇用を衰退させ、異常な家賃高騰を招いた都市政策の失敗
  • 「家族が支え合うのが当たり前」という、昭和の価値観に依存し、個人の自立を支援するセーフティネットの構築を怠ってきた社会保障政策の失敗

これらの失敗の“ツケ”が、今、一つひとつの家庭に、重く、重くのしかかっている。それが、この問題の本質です。

第4.章:【今、動く】共倒れを避けるための、親子で踏み出す“はじめの一歩”

絶望的な現実を前に、私たちはただ、立ち尽くすしかないのでしょうか。いいえ、解決への道は、決して簡単ではありませんが、確かに存在します。

「悩んでいるのは、あなただけではありません。『うちの子だけが…』と、ご家族だけで抱え込まず、まずは同じ悩みを持つ仲間と、そして専門家と、話してみませんか? そこから、何かが変わるかもしれません。」

この言葉の通り、最初の、そして最も重要な一歩は「外部の力を借りる」ことです。親子という濃密すぎる関係性の中だけでは、問題はこじれる一方です。

【子ども世代ができること】地域の“サポステ”を頼る

長期間仕事から離れていた人が、いきなりハローワークに行くのは、ハードルが高いかもしれません。そんな時、頼りになるのが全国に設置されている「地域若者サポートステーション(サポステ)」です。

ここでは、キャリアコンサルタントが、あなたの話をじっくりと聞き、自信を取り戻すためのプログラムや、職場体験、コミュニケーション講座などを、無料で提供してくれます。就職活動そのものではなく、その一歩手前の「社会と繋がるリハビリ」から始めてくれる、心強い味方です。

【親世代ができること】同じ悩みを持つ「家族会」の扉を叩く

「恥ずかしくて、誰にも相談できない」。そうやって孤立を深めることが、最も危険です。「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」など、同じ悩みを持つ家族が集う会が、全国各地にあります。

そこでは、あなたの苦しみを、誰一人として否定しません。「うちも同じです」という仲間の言葉に救われ、専門家のアドバイスに、具体的な解決の糸口が見えるかもしれません。

【親子でできること】“お金”と“未来”の話を、第三者を交えて始める

最終的に目指すべきは、親子が「いつまで、どうやって、この生活を続けるのか」という、未来の話をすることです。しかし、当事者同士では、感情的な言い争いになりがち。そこで、市区町村の「生活困窮者自立支援窓口」や、社会福祉協議会といった、公的な機関の相談員に、第三者として間に入ってもらうのです。

専門家を交え、「親の年金はあと何年か」「子どもが自立するためには、月々あといくら必要か」「そのために、どんな公的支援が使えるか」といった、現実的な話を、冷静に進めていく。そのプロセスが、膠着した関係を動かす、大きなきっかけとなるはずです。

まとめ:これは、あなただけの物語ではない

夕食を終えたA子さんは、自室に戻り、パソコンを開きます。数ヶ月前から始めた、オンラインのWebデザイン講座の課題に取り組むためです。まだまだ、稼げるレベルには程遠い。でも、昨日までできなかったことができるようになる、小さな喜びが、彼女の心を支えています。

この記事で描いた現実は、決して明るいものではありません。しかし、この国の無数の家庭で静かに進行するこの問題から、目を背けてはいけない。なぜなら、これは“明日の私”の物語かもしれないからです。

解決の第一歩は、これを「個人の怠慢」や「家庭の問題」として片付けるのではなく、「社会全体の課題」として認識すること。そして、孤立している当事者たちに、「あなたは一人ではない」というメッセージを届け、具体的な支援へと繋げることしかありません。

あなたの隣の家で、あなたの職場の同僚の家で、そして、もしかしたらあなたの家で。今、この瞬間も、誰かが声を殺して、助けを求めているのかもしれないのですから。

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